11月22日(月)

落慶法要リハーサルのため、朝9時にホテルを出発。約1時間で妙海山龍宮寺に着いた。道々には歓迎のゲートが作られ、参道から竜宮寺内外に至るまでカラフルに飾られていた。
バスを降りて本堂に唱題行脚で向かったのだが、そこでまず驚かされたのは本堂正面の参道を200名近い中学生たちが2列に整列し、団扇太鼓をもって花道を作っていたことである。しかも太鼓を叩きながらお題目を唱えるのである。本堂の中では更に多くの生徒たちが唱題と歌の練習をしていた。
本堂も立派だったが、集まっている大勢の人々がお題目を唱えているその姿、キラキラと輝くその目に少なからず感動した青年僧も多かったはずである。
まもなく法要のリハーサルが始まった。我々青年僧は内陣での法要には出座しないので、しばらくの待機である。その間、寺院内外を見て回ることができた。
それにしてもここの人たちはよく写真に写りたがる。写ってもその写真をもらうことは殆どできないのに、撮ったら満面の笑みとお礼を言葉が返ってくる。みんないい顔である。本堂の外に並んで座っている生徒たちがいた。何をしているかと思えば本堂に入る順番を待っているのである。計ってはいないが相当長い時間30度を超す炎天下で待っていたようだ。本堂に入れる許可が出ると喜び勇んで入っていった。
法要のリハも進み唱題のリハになった。いよいよ青年会の出番である。子供たちの太鼓を合わせようと佐野委員長、そして副委員長たちが先頭に立って手のマメをつぶし、声をからし、太鼓の柄を割りながらも全員が心を一つにした。
話を聞くと子供たちはこの日のために毎日練習してきたそうだ。大勢の子供たちが団扇太鼓を叩いて唱題するその姿は統率されていて実に美しい。かといって決して押さえつけられている感じはない。練習の合間にカメラを向ければ、また素晴らしい笑顔である。集まっている人々全てが仏教徒である。みんな幸せそうであった。

リハが終わり昼食の後、我々は街頭にて唱題行脚をしたいと申し出たが残念ながら許可がおりず、参道を道路まで行脚してバスに乗った。
次に向かったのはビリー工場である。ビリーとはインド大衆が好んで吸う葉巻タバコである。バスで約15分ほどでその工場に着いた。着いて中に入った瞬間、私たちが考えていた「工場」という言葉から想像するイメージは悉く粉砕されてしまった。そこは多くの女性たちが床に座って手作業でタバコを巻いている、いわば「作業所」だった。
その作業の中を私たちは太鼓を打ち、お題目を唱えながら入っていったのである。作業の手を休め合掌している人もいる。素手で太鼓を叩く真似をしながらお題目を唱える人もいる。みんな敬虔な仏教徒である。


工場は狭い屋内ということもあって始めは青年僧の叩く太鼓の音も遠慮がちだったが、合掌しているその女性たちの間を進むうちに段々と唱題の声も打つ太鼓の音も大きくなっていった。
このとき一心に唱えるお題目と肩を寄せ合うように作業している女性たちの姿が見事に調和し、青年僧の胸からも熱いものがこみ上げてきた。これほど唱えがいのあるお題目をインドで唱えることができると一体誰が予想しただろうか。
作業中でもカメラを向けると自分を撮ってくれと言いながら笑顔を見せてくれる。撮り終わって合掌すると恭しく合掌を返してくれる。
そして聞いた「ジャイビーム!」
ここでは挨拶代わりに「ジャイビーム」と言うと話には聞いていたが、自然に口から出てきた言葉に感動を覚えた。ビームとはビームラオ・アンベードカル師の名前で、ジャイビームとは「ビームさん万歳!」の意味である。ビームラオ・アンベードカル師については別紙の資料を参考にして頂きたい。
ビリー工場の一角には大曼荼羅ご本尊が祭られ、その右にはスレーカさんの父親の写真、左の壁にはお釈迦様の肖像画とビームラオ・アンベードカル師の写真が飾られていた。
インドの仏跡に訪れる人は多くてもナグプールに行く人、アンベードカル師のことを知っている人は少ないようだ。しかし、資料に上げた参考文献は非常に興味深く、考えさせられる書物である。一読の価値あり。
日蓮大聖人の「仏法は体のごとし、世間は影のごとし。体曲がれば影ななめなり」(諸経与法華経難易事)、「汝早く信仰の寸心(すんしん)を改めて、速(すみやか)に実乗の一善に帰せよ。然らば則ち三界は皆仏国なり」(立正安国論)のお言葉が目に見える形で迫ってくる。