サクラメント日蓮仏教会に到着
到着の報告と唱題行脚の無事完遂を祈念する
ポストン強制収容所跡にて慰霊法要
サクラメント市内行脚
 8月24日、成田空港にて全国日蓮宗青年会選抜の31名は田沢元泰慶讃会事務局長発音の下結団式を行った、その中で伊藤委員長は「日蓮聖人の誓願は一天四海皆帰妙法です。私達は今日サクラメントへと出発しますが、祖師の願業を今私達が受け継いでいるのだと、各々自覚され皆が妙法に帰依できるお題目を一生懸命共にお唱えして参りましょう。」と、自らの熱い決意と青年僧への範を示した。

 飛行機で9時間後サンフランシスコに到着、バスに乗り換え2時間、日蓮宗サクラメント教会到着。現地主任の五十嵐上人始め開教師の方、当教会のメンバー(檀信徒)が温かく迎えてくださり、メンバーの方々の手作りの昼食を頂きながらの懇親会。お互いに片言の英語と日本語を交えながら、お題目を唱える同士、言葉の壁を乗り越えて会は和やかに進んでいく。日系人がほとんどかと思われたが、逆に白人の中に日系人がいらっしゃる様にも見える程白人の方が多かった。別に差別的意味で言っているのではなく、日本においては信仰は相続するというのが当たり前の如く考えられている故に、開教師の方々の布教伝道の賜と実感せざるをえない。

 25日、我々は行脚場所へ視察に向かった。行脚場所はサクラメントのメインストリート、州会議事堂のある通りだ。開教師の方の話によると、現在日本でもそうだが、大人数で行脚するには許可が要る。その許可の内容は、「ハンドドラム(団扇太鼓)を叩いての宗教パレード」と現地では訳すそうだ。パレード?、日本語のパレードの印象があまり良くないため少し不愉快な気がしないでもないが、ここはアメリカ、従うしかない。許可を取るのにかなり苦労したそうだ。

 26日、青年僧は皆、墨染め衣に手甲、脚絆、天台笠という僧侶の原点とも言える姿になり、いざ行脚。先頭には南無妙法蓮華経の大きな玄題旗と、PEACE ON EARTH世界平和のプラカード、SAKURAMENNTO NICHIREN BUDDHIST CHURCH(日蓮宗サクラメント教会)の横断幕を持ち、英語の教箋を配り、太鼓を叩き大きな声でお題目を唱え歩いた。そして州会議事堂の前で如来壽量品を一読、皆帰妙法を祈念。周りを見渡せば当然の如く英語の看板が並び、道行く人も全てアメリカ人、車を止めて眺めたり、教箋を貰いに来たり、尋ねてきたり、走り寄ってきたり。私達は確かな手応えを感じ、顔が紅潮し高まる想いを表現できないのが残念なほどだ。

 27日、渡辺宗務総長を導師に、青年僧が奏でる雅楽を交えての音楽大法要。初めて聴く雅楽の音色に酔いしれ、厳かに奉行。僧侶の読経の声と共に、メンバー全員白人日系人問わず方便品・如来壽量品を暗記し一緒に唱えているではないか。さらなる感動を覚え、一体感の内に唱えるお題目の声も大きくなる。
その後英語での法話、五十嵐上人を導師に修法祈祷が行われた。メンバーにとっては、初めて体験するダイナミックな大法要だったようだ。

 サクラメント教会の五十嵐上人は、「今まで説明しても伝わらなかった日蓮宗の有り難さを伝えることが出来、若い僧の唱題行脚によってお題目信仰の真髄が伝えられ、本当に有り難かったよ。」と、目頭を熱く感謝を述べてくださったのである。

 アメリカにおいては昔は仏教をキリスト教化することによって現地の人たちにも受け入れられてきたそうだ。例えば日曜ごとに教会へ来てお説教を聞く、というように。しかし昨今になって漸く仏教は仏教として受け入れられるようになってきたとのこと。精神修養、心の拠り所を求めて寺院へ足を運ぶ人が増えてきたという。敗戦したものの日本という国が世界に認められてきた証拠のようにも思う。経済を輸出するばかりでなく、仏教文化を輸出するのが私達青年僧の勤めであろうと考える。

 伊藤委員長の祖父はサクラメント教会を開いた開基上人である。教会に到着したその時、目を真っ赤にしていた。今後の全日青の動きに是非注目していただきたい。道はここにある。ここにある道を信じて私達青年僧は歩き続ける。皆帰妙法を目指して・・・。

伝道担当副委員長 佐 野 前 明  記